『ピクニック日和』 |
桜の木に緑色の葉が生い茂る季節。 外の天気はぽかぽかとして気持ちいい。風も強くなく、かといって焼けつくような日差しでもない。 ピクニックをするには、うってつけの天気だ。 「ヒマだなぁ……」 ギャラリーフェイクは表通りに面しているわけではないので、ふらりと立ち寄る客はいない。こんな天気の日はなおさらだ。当たり前のように客はひとりもいない。 サラはカウンターにもたれながら、手持ち無沙汰に外を眺めやるしかなかった。 眩しい日の光に、水面がきらめいているのが判る。空が青い。たまにどこか遠くから船だか車だかのエンジン音が聞こえてくる。 画廊は静かだった。 やるべきことは既に終え、残っているのは客の応対だけなのに、肝心の客が来てくれない。姿すらもドアの向こうに映らない。 藤田は事務所で仕事をしているし、画廊に猫を入れるわけにはいかないので、サラはひとりで時間をつぶすしかない。 画廊にひとりきりというのはよくあることだが、こうも天気がよくてはうらめしい。 本でも持ってくればよかった。理解できなくても、美術関連の本なら、ここで読んでも藤田は怒らないだろう。 事務所から本を持ってこようと、サラが身体を伸ばしたとき、そこに通じるドアから藤田が姿を現した。 「どうした?」 向き合うような形のサラに、藤田は尋ねる。画廊内に目をやり、客の存在を確かめた。 「本でも持ってこようと思って」 そう答えたサラに、藤田は苦笑した。 「看板娘がヒマそうにしてていいのかな?」 「むっ」 「客の入りはどうだ?」 睨み上げるサラをよそ目に、藤田は絵を見まわりながら訊いた。 「見てのとおりです。朝からずぅ〜っと」 「ふーん」 藤田はドアの前で立ち止まると、外の天気を窺う。 「―――昼飯でも食いにいくか、サラ」 「?」 「天気もいいし、ここを閉めて」 サラはきょとんとした。 「ここを閉めて?」 「どうせ客も来ないよ。ヒマなんだろ?」 「うん……。だったら、ピクニックしようよ!」 「ああ?」 「どこかでお昼を買って、外で食べるの! だってこんなにも気持ちいい天気じゃない?」 サラは入り口のドアを開けて、外の空気を入れた。 さらりとしていて、心地よい空気が藤田の頬をやさしく撫ぜる。 「ね? フジタ?」 「……」 そんなガキくさいことできるかと反論しようとした藤田だが、サラの懇願する眼差しに観念して、溜息をつく。 「はいはい。ピクニックね」 「やった! ネコちゃんも一緒に連れてこうよ!」 「ネコだぁ?」 サラは目で訴える。 「……好きにしろ」 「やった!」 「行くぞ」 藤田はそのまま外に出た。 「待ってよ、もう! ネコちゃん連れてくるんだから」 「はいはい」 やる気がなさそうな藤田をそこに、サラは急いで事務所に駆け込んだ。 「ネコちゃーん……」 猫がにゃあと返事をした。足元にやってきた猫を抱き上げながら、サラは小さく微笑んでしまう。 藤田が後にしたばかりの事務所は、中途半端に散らかっていた。 読みかけであろう書類がデスクと応接机に放ってあり、仕入れたばかりの絵画がデスクの書類の上に2枚並んでいる。窓枠には何故か雑巾が置いてあるし、灰皿にいつも溜まっているはずの吸殻はちゃんと捨てられている。 ヒマでヒマで仕方がなかったのは、どうやらサラだけではなかったようだ。 |
ギャラリーフェイク一覧へ |
おしながきへ |