『とにかく謝れ ― no doubt』 |
理由は判っている。 とにかく、ひたすら激しく眠たい。 折り重なるような厚い睡魔が、トグサの意識を押しつぶす。 初めこそあくびをかみ殺してしのいでいたが、だんだんとそれも追いつかなくなる。 「――― なんだそのカバみたいな大あくびは」 バトーが呆れを通り越し、感心する。 今日は朝からずっとデスクワークの9課である。 バトーの太い声が耳に入っても、雑音にしか聞こえていないのか、その眼差しを受けながらも、トグサはぼんやりとコーヒーカップに手を伸ばした。 5杯目のコーヒーだ。 昼食を終えて一番眠くなる時刻とはいえ、半日でブラックコーヒー5杯は、トグサには異常な数だ。 「……カバだなんて失礼なこと言うなよ」 「そんなちんらたした時差つきで言われてもなあ」 「いまにも寝そうな顔じゃあ、カバに失礼だよな」 報告書にかかりきりのサイトーも、バトーの側につく。 トグサは眠たさも手伝って、内心むっとする。 そんな表情を見て取ったのか、バトーは小さくにやりとした。 「お前さん、いくら昨日久しぶりに帰れたからったって、夜に頑張りすぎなんだよ。今日が早番だっての判ってたろうが」 トグサの肩が、がっくり落ちる。 「これだから独り身はイヤなんだよ。すぐそっちに話を結びつけたがる」 「否定しないってのは、やっぱそういうことか。いいねえ、くそぅ」 「違うよ。ここんとこずっとまともに眠れてないんだよ」 「眠れてない?」 イシカワが顔を上げた。 言われてみれば、トグサの目の下にクマがある。 トグサは眠れない時間を思い出したのか、苦い顔をして頷く。 「葬式や火事の夢を見たり、死んだ親戚が夢に出てきたり、夢を見なくても眠りがすごく浅くて、ひどいときなんて5分も経たずに目が覚めたりで、もうずっとぐっすり眠れてないんだ。――― この報告書を書き終えたら、30分くらい仮眠を取るつもりではいるんだけど、……眠れるかどうか」 ぐったりするトグサに、その場の面々は顔を見合わせた。 「なあ、トグサ」 イシカワは真面目な顔になって、トグサに向き直る。 「お前、少佐に謝ったか?」 「――― え?」 「謝ってないんだな?」 サイトーも神妙な顔になって訊いてきた。 「だって、おれ何もしてないぜ……?」 「かもしれん」 「?」 よく判らない。イシカワやバトーたちが何故思いつめた顔をしているのかが、まったく理解できない。 「身に覚えがなくてもいいんだ。とにかく、少佐に謝れ。仮眠を30分取るにしても、その前に何が何でも少佐を捕まえて謝るんだ。いいか。自分が悪かったって、ちゃんと頭を下げろ」 イシカワは、言い聞かせるようにトグサに詰め寄る。 わけの判らないトグサは、答えを求めてサイトーやバトーを見やる。だが、彼らもイシカワの言葉に頷き返すだけだった。 トグサの背筋を、冷たいものがそろりとはいのぼる。 ごくりと、つばを飲み込んだ。 トグサは報告書もそのままに、音を立てて部屋を飛び出した。 ――― 電通を使ってトグサは少佐を探した。恥も外聞もなく、恐怖に突き動かされてトグサは必死になって少佐を探した。 そうして。 数週間ぶりにトグサは、仮眠室にて安眠を手に入れることができたのであった。 だが、不眠の原因は、いまだに不明である……。 |
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