『君の名を呼ぶ ―calling』 |
その朝トグサは、思いつめた顔でやってきた。 「どうしたトグサ、悩みでもあるのか?」 パズにそう訊かれたものの、声を掛けてきたのがパズだと判ると、トグサは何でもないよと素っ気ない態度を取った。 「かみさんと喧嘩でもしたか」 「違うよ」 「浮気でもされたか?」 余計なことを言ったのは、ソファに座っていたバトーだ。 そんなんじゃないよ、という罵声を覚悟していたのだが、ふたりの耳にその声は届かなかった。 トグサはしょんぼり肩を落としたまま、無言でソファに座る。 「なんだ? えらく落ち込んでるじゃねえか。どうした」 「昨夜。……女房のやつ、寝言で知らない男の名前を言うんだ、何度も」 「へえ」 バトーとパズは顔を見合わせた。 「それは、……ご愁傷さまで」 「フドウさんとか司令とか」 もう一度顔を見合わせるバトーとパズ。 「知らない名前だな」 「男とは限らないだろ」 「いいや、あれは男の名前を呼ぶ声だ」 なんだそれは。 思っても、口に出さないバトーである。 だからさっき俺に挑戦的な態度を取ってたのかと、パズは何となく思った。 「トグサよう、お前、ちょっと思い込み激しいんじゃないか?」 「そうだぞ。たんにそいつとは昔付き合ってただけかもしれないぞ」 「だけど。たとえ夢でも、やっぱりイヤなんだよ」 「……」 ―― こいつ、頭ン中、ガキだな、思いっきり。 ―― きっとこれもトグサの魅力ってやつなんだよ。 ―― 魅力だぁ? バトーは口をへの字に曲げた。 「なあトグサ、そうは言ってもお前だって同罪なんだぞ」 「え? 同罪? おれがか?」 「仮眠室で寝てるとき、かみさんとは違う女の名前を呼んでたぜ」 「えええ!?」 素っ頓狂な声を上げるトグサに対し、パズは「ああ」と納得する。 「ちょ、ちょっと待った! 何、おれ何言った?」 「いやあ、口では言えないなあ」 もったいぶるバトー。 ―― じゃあ電通で! ―― 電通でも言えねえなあ。 焦らすバトーに、トグサはパズを振り返った。 パズはぶんぶんと首を振る。 「俺の口からはとてもとても」 「ええ!? 何だよ〜!」 「タチコマなら教えてくれるかもしれんが、まだメンテ中じゃないかなあ、あいつら」 「タチコマ!?」 バトーの口から出たのは、トグサが苦手とする思考戦車だった。 トグサは中腰になったまま考えた。 考えた。 ――― 考えた。 時計を見る。 バトーとパズを見る。 「ちょっと、行ってくる!」 言い残し、トグサは走り去った。 トグサと入れ違いに、ボーマがやってきた。 「おい。トグサのやつ、どうしたんだあんなにも血相変えて」 ぶくくくと、バトーとパズから笑いが洩れた。 「仮眠室での寝言の内容をタチコマに訊きに行ったんだよ」 「ああ、あのことか」 どうやらボーマも知っているようだ。 「でもなんでタチコマにわざわざ訊きに行くんだ? 本人以外全員知ってることなのに」 「なんとなく言うのがしゃくだったんだよ」 バトーはちょっとふてくされる。 パズは、その様子に内心おかしくなる。 (やっぱり、寝言で少佐の名前を連呼されるのは、気持ちいいもんじゃないんだな) バトーにもかわいいところがある。 パズはひとりそう思った。 |
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