『知らぬが仏 ―truth...?』 |
その日のトグサは、明らかにいつもと様子が違っていた。 窓の外をぼんやり眺めて溜息をついたかと思えば、溜まっていた書類の作成に思い出したかのように没頭したり、ふとその手を止めて自分の世界にひたったり、突然にんまりにやついたり……。 「トグサのヤツどうしたんだ、いったい?」 出勤してしばらくその様子を見遣っていたサイトーは、同じく呆れ顔のバトーに小声で訊いた。バトーはトグサ同様、前日午後からの出勤である。 バトーは、ふんと鼻で笑った。 「年末年始であいつ、連休だったろ?」 「ああ」 家庭があるトグサは、盆正月くらいは優先して連休を取れるよう常日頃から休日の取得をやりくりしている。9課の仲間たちも、できる範囲でそれに協力していた。 「で、久しぶりに朝から晩まで家に父親がいるわけだ。次の日もその次の日も。ちびっこにしたら、嬉しい限りよ。なもんで、娘が昨日出勤する前のあいつに言ったらしい。『パパ、おしごと、行っちゃいやぁ〜』ってな」 「はは〜ん」 サイトーは合点がいき、ぽりぽりと顎をかく。 「それであの始末ってわけか」 「そういうこと。あいつの頭ン中は、かわいいかわいい子供たちのことでいっぱいなんだよ」 「内勤の間はあれでもいいのかもしれんが」 「はん。あいつきっと、新婚時代もあんなだったんだろうよ」 「ぷっ」 バトーのぼやきに、思わずサイトーは吹き出した。 ――― が。 惚けるトグサの姿に、サイトーの顔が確信めいた不安で次第に引きつってゆく。 「……。……。まあ……、なんだ。本庁に問い合わせるのも無粋だしな」 「あいつ、少佐に引き抜かれたってより、実は本庁から放り出されただけなんじゃねぇの?」 「……」 「……」 互いに顔を合わせたふたりの間に、はてしなく長く思える沈黙が降りた。 「……。……さてと。システムチェックでも、始めようかな」 「そういや、タチコマたちの様子、見なくちゃならねェんだった」 サイトーとバトーは、何事もなかったように ―― 何も自分たちは気付いていないんだとばかりに ―― それぞれの作業へと無言で向かった。 正月早々、全身全霊で脱力してしまった男たちを背中に、妻子持ちの浮かれ男はひとり、花を飛ばしながらにまにまと書類作成に励んでいたのだった。 |
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