『ニジ ni ji』 |
「何してるの、カラス?」 窓辺で空を見上げているカラスに、ハルカは声をかけた。 何も答えないカラスに、その視線を追うハルカ。 「 ――― 虹だぁ」 「ああ」 となりにやってきたハルカは、無邪気に声を上げた。 空に大きくかかる虹に、きらきらと目を輝かす。 その目が、くるりとカラスを振り返った。 「ねえ。カラスって虹が好きなの?」 「どうしてだ?」 「じーっと見てたから。あー? でも、ユウは虹好きだったかなあ?」 そんな素振りはなかった気がする。 「こんな虹は、もうずっと見てなかったから」 どこか寂しげな呟きに、ハルカは僅かに垣間見たラクリマの空を思う。 言われてみれば、虹もなくなってしまったような、そんなすさんだ空だった気がする。 カラスはそんな世界に生きていたのだ。 「昔は、ちゃんと虹、見れてたの?」 「子供の頃はな」 「ふぅ……ん」 カラスの言う子供の頃というのがいつを指すのか、ハルカには判らない。 いまのことなのかもしれないし、もっと前かも、もっと後のことなのかもしれない。 でもカラスは、それ以上は言ってくれなかった。 ただ、遠い目をして、雨上がりの虹を見つめている。 いつも難しい顔をしているカラスも、このときばかりは穏やかな顔になっていた。 (こんな顔もするんだ……) 意外だった。それ以上に、宝物を見つけたようで、心がくすぐったい。 (なんか、嬉しいな) ハルカの顔も、自然笑んでくる。 カラスは、笑っていたほうがかっこいいから。 「虹が出て、よかったね、カラス」 「 ――― ああ。こんなにも綺麗だったんだな」 溜息をつくように、カラス。 本人は知っているだろうか、その瞳も、宝石のように綺麗だということを ――― 。 |
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