『ローマへと』 |
ウエストミンスター寺院で会った彼女は、息を呑むほど綺麗で、大人びていた。 目を伏せて考えにひたるエステルの表情の深さを、アベルは見たことがなかった。だから、声をかけることをためらってしまった。 けれど、こちらを振り返ったエステルは、やはりアベルの知る少女でしかなかった。 運命に立ち向かう少女。 初めて出会ったときも、彼女は戦っていた。そして、別れるときもまた―――。 ローマへの帰途、汽車の一室でアベルはウエストミンスター寺院の方を見やる。 失いたくない者は、みんな自分のもとを去っていく。 どうしてだか、エステルはずっと自分のそばにいてくれると感じていた。 どこにも行かないで。ずっとここにいて。 そう伝えられない自分が苦しい。 自分の気持ちを伝えられない痛みが、身を切るように胸の奥底にしみいる。 彼女の負担にならないだけの言葉しか、伝えることができなかった。 あのとき、せめて最後に抱きしめたかった。この腕で、この胸の中に。 涙をこらえる彼女の小さな身体を呑みこんでしまうように、想いをこめて抱きしめたかった。 窓の外を見るアベルの目が、悲しげに笑んだ。小さく首を振る。 それができていれば、こんな想いなど初めからない。 エステルは戦う道を行く。 (だから私も、戦いますよ―――エステルさん) アベルを乗せる汽車は行く。 選ぶ道は異なっても、向かう先は同じなのだから。 汽車は東へと向かう。アベルを乗せて―――ローマへと。 |
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