『サンタは来るか?』 |
もうすぐクリスマス。 街はクリスマスの飾りに溢れ、小さな店もツリーが客を出迎えるようになった。 「メリークリスマス!」 まだ12月の上旬だというのに、気の早い店では短いスカートのサンタクロース娘たちが、道行く人々にクッキーを渡している。 当然アベルも美味しい香りにつられてクッキーをもらってきた。 (つられたのは甘い香りなんだかお姉さんの太ももなんだか……) ほくほく顔のアベルを横目に、エステルは足を速めた。 クリスマスの買い物は、まだまだたくさんあるのだ。 「あ、待ってくださいよ、エステルさん」 鼻の下が伸びしっぱなしのアベルが呼び止めるが、エステルはずんずん先に進む。 エステルの気持ちに気付かないのか、冬のざわめく街に、アベルの能天気な声が響く。 「わたし思うんですけどねぇ、エステルさん」 「……」 構わずエステルは歩き続けていたが、 「エステルさんも、あの格好似合うんじゃないかなーって」 ぴたりと、その足が止まった。 大またで後を追ってきたアベルはぶつかりそうになる。 「どうしました?」 見ると、エステルの肩がいかっているような気がしないでもない。 アベルは僅かにひるむ。 エステルの気分を害した覚えはどこにもないつもりだったが、どうみても彼女の機嫌はよろしくない。 「あのぅ……」 のっぽな神父は、小柄なシスターの機嫌をおどおどと窺った。 顔を覗き込もうとすると同時、盛大な溜息がエステルの口から吐き出された。 「神父さまって、どうしてそう脳天気でいられるんです?」 「は?」 きょとんとするアベルに、エステルは再び小さく溜息をついた。 「女のひとがあんなふうに平気で脚を見せるだなんて。ふしだらじゃないですか」 メリークリスマスゥ〜、と後方から聞こえる娘たちの甘ったるい声に、エステルはいっそう難しい顔になる。 「そうですかあ?」 「……鼻の下を思いっきり伸ばした顔で言われても、説得力ありません」 「あはは〜。こりゃ一本取られましたナ」 「何おっしゃってるんですか。服装の乱れから私生活が乱れてくるんですよ」 判ってらっしゃるの? と、エステルはびしっとアベルに厳しいひと言を放つ。 アベルは声を詰まらせた。 夏であっても冬であっても季節など関係なく、アベルの格好は垢まみれの僧服である。 さすがの寒さに外套を羽織ってはいるのだが、それでもやはり垢や食べカスで汚れまくっている。 アベルは何となく居心地が悪くなって、外套をぽんぽんと手ではたいた。 「でもー、クリスマスなんですから、ちょっとくらいはああいうのもいいんじゃないんですか?」 なおもアベルは、エステルをそそのかそうと食い下がる。 エステルはちらりと後ろを振り返り、売り子の娘たちを見やる。 正直な気持ちを言えば、エステルだって女の子だ。ああいう格好が気にならないわけではない。 (そりゃあ、かわいいなあとは……) 思ってしまったり。 ( ――― ……。いけないいけない) エステルはぎゅっと目を閉じ、破廉恥な妄想を追い出そうとする。 ミニスカサンタ姿になった自分が、アベルとふたりだけでクリスマスミサをしている光景が、頭の中に広がったからだ。 「わたしたちは聖職者ですよ? クリスマスでもわきまえないと」 「えぇ〜。つまんないなあ」 思いきりふてくされた顔をアベルはした。 すごく残念そうなアベルに、エステルの胸の奥が小さくうずく。しかし、できないものはできないのだ。たとえ、すごく着てみたいと思ってしまっても。 「絶対絶対、エステルさんに似合うと思います。ほら、クリスマスだからこそ、主も許してくださるんじゃないですか」 「許すって、何をです?」 「そりゃあ、その、……ああいう格好をしても」 しつこくこだわるアベル。 「神父さま」 と、神妙な顔になってエステルはアベルを振り仰ぐ。 「あたしに、ああいう格好をして欲しいんですか?」 「え!? あう。それは、ずばり、そう、だったりするんですが……」 直球で返ってきて、アベルはしどろもどろになった。 エステルは腰に両手をあて、演技がかってふっと視線を落とした。 「神父さまがどうしてもっておっしゃるんなら、……こっそり着て差し上げても構いませんけど」 「そっそうなんですか!?」 子供のように顔を輝かせたアベルに、エステルは何気ないことを装い言葉を続ける。 「ですけどあたし、ああいった衣装は持ってませんし、困りましたよね。神父さまが用意してくださるなら、話は別ですけど」 アベルの動きが、微妙に凍りつく。 「ああ、でも、神父さまって確か今月のお小遣いはもう全然なかったんでしたよね? 博士たちにも随分借金がおありのようですし、……残念ですわ、せっかく着て差し上げたいなと思いましたのに」 「……」 がっくり落ちるアベルの顎。 かわいそうかなとも思ったが、ミニスカートの彼女たちをふしだらだと言ってしまった手前、自分からああいう格好をしたいとは言えない。 実を言うと、これはアベルが何とかしてくれるのを期待するしかないのだった。 「仕方がないですよね。さ、行きましょうか。こんなところにじっと立ってたら、名残惜しくなっちゃいますし」 「そ、そんな、エステルさんってば」 エステルはひとりアベルを置いてさっさと先に行ってしまう。 エステルが言った通り、アベルの懐があまりにも寒すぎるのは本当である。いや、彼の懐があたたかなことはあるのだろうかとは誰もが思うことなのだが。 「おおお主よ、どうかこの哀れな子羊くんに、クリスマスプレゼントでミニスカサンタさんを恵んでくださいませんでしょうか……」 と、知らないひとが聞いたら引いてしまうようなことを、天に向かい思わず祈るアベルだった。 はたして神が、アベルにご褒美を恵むのかどうか、それは誰にも判らない……。 |
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