ハルノアラシ
〜金色のコルダ〜
 金澤香穂子 
 
   
 インターホンの音がしてアパートの扉を開けると、思いがけない人物がいた。
 3月の初日とはいえ、夜は普通に寒い。
 それ以前に、
「どうしたこんな時間に。独りで出歩くには遅い時間だろ?」
 教師としては、そこを強調したかったのだけれど、内心で小躍りしている自分を自覚せざるをえない金澤だった。
 目の前の人物、香穂子は、金澤の大人な発言にちょっと気まずそうな顔をしながらも、目の前に両手を差し出してきた。
「あの! これだけ渡そうと思ったんです。学校じゃ渡せなかったから」
 見ると、香穂子の両手には落ち着いた色―――というより渋すぎる色の包装紙に包まれた小箱が載っていた。
「お誕生日ですよね? あの、おめでとうございます! それじゃ失礼します!」
 香穂子はきょとんとしたままの金澤に無理やりそれを押しつけると、返事も聞かずにぴゅっといなくなってしまった。小走りな足音だけが遠ざかっていく。
「……」
 春の嵐のような一瞬の出来事だった。
「あー……、気をつけて帰れよー……、って言っても聞こえないか……」
 扉のところから香穂子が消えた夜闇の向こうに一応声はかけてはみる。
 手元に目を落とし、
(プレゼント、もらっちまったなぁ)
 教師としては困惑しつつもオトコとしては嬉しさがふつふつとこみ上げてくる。
「ありがとさん」
 駆けていく足音も聞こえなくなった道の向こうに、礼を言う。
 部屋に戻ったところで、ふと気がついた。
 香穂子が部屋の前に来た気配は、まったく判らなかった。それはたぶん、走って来たわけではないからだろう。そして、扉を開けたとき、彼女の息は弾んではいなかった。
 きっと迷う気持ちを抱えたままやって来て、それでもなお扉の前で寒い中、逡巡していたのだろう。
 気付かずに部屋でゴソゴソしていた自分が少し恥ずかしい。
『プレゼントは受け取れない』とわざわざ突き返すつもりなどなかったから、ありがたくありがたく頂戴する。
 リボンをほどき、包みを開けると、小箱に入っていたのは某ブランドのハンカチだった。
 渋い包みに相反して、ハンカチは派手でもなく地味すぎもなく、落ち着いた中にも華やかさを失わないデザインのものだった。
 きっと、これに決めるまでにも随分と悩んだのだろう。
「ふふ」
 その姿を想像するだけで、むず痒くなる。
(明日、これ使ってやろうかな)
 香穂子はどんな反応を示すだろう?
 想像するだけで、笑みがこぼれてしまう金澤だった。

おしながき目次





     *あとがき*

 かなやん、お誕生日(2013)おめでとうです。
 
 香穂子ちゃんとかなやんがまだ気持ちをはっきりさせてない頃を
 イメージして書きましたです。
 
 
 
高萩ともか・作