平日というのにこのひとごみは何なんだ。という顔を隠そうともしない藤田の横で、サラはうきうきと歩いていた。
名古屋に所用があった藤田は、チケットがあるからと主張するサラに負けてその翌日、愛知万博に来る羽目になったのである。
「うわ、すごーい! 90分待ちだって!」
話には聞いていたが、企業パビリオンにはひとがえんえんと並んでいた。
「あっちは160分待ちだと。そこまでして何がいいんだか……って、おい、サラ!」
サラがいきなり駆け出したのだ。並んだ先は、企業パビリオンの当日予約の列。そこもまたかなりの列を作っている。
「フジタ、早く!」
サラに言われるままに、うんざりと藤田は彼女の指示に従い、予約を取らされる。昼にもなっていないのに、開始時刻が夜。それでも、予約が取れただけ運がいいらしい。藤田には理解不能だった。
マップを広げ、サラは勝手に歩き出す。強い日差しにくっきり落ちる彼女の影を、藤田は見失わないよう追う。遠足やら修学旅行やら老人クラブの旅行やらと、とにかくひとひとひと。これでは万国博覧会なのか、人間博覧会なのか判らない。
「うわ〜、キレイ〜!」
サラは何にでも感激した。いまどき子供でも目を輝かせて感激などしない。
ワンダーサーカス電力館では万華鏡の中を通るだけでうっとりし、三菱未来館@earthでは鏡を利用した大画面に文字通り飛び上がって驚き、長久手日本館では360度の映像に怖がる始末。
藤田は企業パビリオンよりも、外国パビリオンの展示のほうが気に入った。じっくり見ることはできなかったが、各国の美術や技術を見てまわれるのは悪くはない。サラの国が参加していないのは残念だったが。
昼食はルーマニア館で食べ、オーストラリア館でワニサンドを食べた。夕食は名古屋名物味噌カツに挑戦した。なかなかいける。
日が落ちると涼やかな風もそよぎだす。年配者や遠足組が帰り、仕事帰りと思われる姿が増えてきた。
押さえていた予約の時間が迫っていた。
「三井・東芝館は、映画に出ることができるんだよ」
ふたりが予約していたパビリオンである。サラの言葉に、
「オーディションでもやるってのか? だったらこの顔ですぐに通過だ」
「そうだねー。ふたりして主役勝ち取ろうね!」
冗談のつもりだったが、サラは普通に会話を続けた。いそいそと歩く彼女の後姿に、冗談で返したという空気は見当たらない。
そうして三井・東芝館に着くと、予約券の威力か、あっという間にプレショー入り口に導かれた。いままでのパビリオンで1時間前後も並んでいた自分が馬鹿ばかしく思えてくる。
そこで初めて藤田は知った。サラの言葉の意味を。
「映画に出演するだとぉぉ!?」
「そう言ったじゃない」
サラはけろりと返す。
「ま、まて! 顔を撮影するってどういうことだ」
「ああいうことだよ」
サラが指差した頭上のモニターには、来場者の出演は当たり前のようで、それぞれの顔を撮影する上での注意事項が流れていた。
藤田の顔がひきつったのは言うまでもない。
「だめだ。サラ。俺はこういうのは好きじゃない」
「いいじゃない」
「帰る!」
「な、ダメだよ、何言ってるのよここまできて!」
「だったら、出演拒否してやる!」
と、息巻く藤田だったが―――。
扉が開かれ、いざ顔を撮影する場になると、出演拒否の申請を取り下げざるをえなかった。
「出演されたくない方は、この場でお手を上げてください」
と、綺麗なスタッフに笑顔で言われたら、挙手できるわけがない。当然ながら、その場にいる20人誰もが手を上げなかった。
苦い顔をしながら、藤田は撮影に入る。
「2番の方、もう少し下のほうでお願いします。下を向くのではなく、レンズにお鼻がかかるように。腰をもう少しかがめて……」
スタッフにいろいろ注意を受けつつも、何とか藤田は撮影を終えた。何も注意も受けなかったサラの笑顔は、まるで小悪魔だ。
そうして、いよいよ映画鑑賞へ。
「げっ!」
藤田は思わず声が出た。
ガーディアンのリーダーの顔が、藤田だったからである。
「フジタだよ、かっこいい〜」
藤田の隣でサラが嬉しげな声を上げるが、まさかセリフつきで登場するとは思わなかった。しかし、思ったよりもかっこよくなっている。
リーダーは意外にも活躍し、画面に登場する回数も多い。なかなかいい役どころである。さすがの藤田も、悪い気はしない。
ところが、隣でサラは「ええ? どうして?」を繰り返している。
自分を見つけられないのだ。
日本人とは違う顔立ちなのですぐに判別できると思っていたが、CGになるとやはり微妙に顔立ちが変わる。正直藤田には、ほとんどの顔が同じに見えた。
そして、大団円で映画は終わった。
「やだー! 悔しい〜! もっかい観る〜!」
「もう帰る時間だ。新幹線に乗り遅れる」
「フジタは活躍できて満足かもしれないけど、あたしはやだー! 全然判らなかったもん〜!」
「うまく写真が撮れないと出演できないって言われたろ?」
「ちゃんと撮れてるはずだもん! スタッフのお姉さんだって何も言わなかったじゃない」
「む。……ああ、そうだ。きっとあの謎の少女よりかわいく写ったから、採用されなかったんだ、そうだそうに決まってる」
謎の少女とは、映画のキーパーソン(?)アリスのことである。アリスは最初から映画に登場する人物なので、丁寧にCG化されているのだ。
「――― そうなのかなぁ……」
半信半疑でサラはつぶやく。あごに手をやり考え込む様子は、そう自分を納得させようとしているふうにも見える。藤田はその姿が内心ほほえましい。
「さ、行くぞ。ちょっと冷えてきたな」
藤田はサラの腰に手をまわし、駅へと向かう。サラは軽い驚きを見せたが、素直に従った。このくらいやってあげないと、サラはまだ映画に出たいと主張するだろう、という藤田の思いは伝わっているとは思うが。
リニモ、地下鉄を乗り継ぎ、藤田たちはようやく新幹線の座席に腰を下ろすことができた。
あれやこれやと万博の話をしながら、いつのまにかふたりは眠りに落ちた。
―――ふと、藤田は目を覚ます。
彼の肩に頭をもたれさせ、隣でサラが静かな寝息をたてていた。薄く開いた唇に、髪の毛がひとすじかかっている。
そっと、とってやる。
三井・東芝館でのことを思い出し、藤田の顔がほころぶ。
実は、藤田はサラを見つけていた。
藤田と同じガーディアン。ただ、彼女は作戦中落下してしまうという設定で、すぐにいなくなってしまったのだ。ガーディアンのひとりが落下する彼女を受け止めたので、どうにかなったわけではないのだが。
藤田がサラに何も言わなかったのはそのせいだ。
(たかが映画の設定でムカついたなんて言えるか)
落ちてゆくサラを助けたのは、男性のガーディアン。藤田の斜め前に座っていた男である。
サラは無邪気に寝息をたてている。
自分だけ判ればそれでいい。サラを見つけられるのは、俺だけでいい。
窓には穏やかに眠るサラの顔が映っていた。
東京まではまだまだあるようだ。
藤田は少しだけ窓に映るサラの顔を見つめ、もう一度まぶたを閉じた。
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