休憩時間の話の流れで、パズが最近恐竜に興味があることを、トグサは知った。
「それで、『恐竜新時代〜神秘の幕開け〜』っていう本はすごく詳しく書いてあるらしいんだ」
「まあ、恐竜は神秘といえば神秘だな。ちょっと待ってろ……、ああ、これ、絶版になってるじゃないか」
ボーマが検索をかけてみると絶版になっていて、古本で探してみても、もう10年以上前のムックのため、どこにも在庫は見当たらなかった。
パズは諦めきれない溜息をついた。
「そうなんだ。データ化もされてないし、ないとなるとよけいに気になるだろ?」
「おれ、その本、持ってるぞ」
「ほんとか、トグサ?」
目の色が変わるパズ。
「ああ。確か、サイエンス・キグナス出版から出てたやつだろ? わりと分厚くて、このくらいの大きさの」
「そう! おまえ……こんなところに持ってるやつがいたんだ……」
まだ学生だった頃、トグサも一時期ひどく恐竜にはまったことがあって、そのとき買ったものだった。詳細なイラストと生態など、専門書ではないのかと思えるくらいに詳しく記してあった。あまりにも丁寧なつくりに、捨てるに捨てられなかったのだ。
「明日持ってきてやるよ。最近は全然読んでないし、あげることはできないけど、長期間貸すくらいはできるから」
「さすがはトグサ! ちゃんと判ってるじゃないか〜!」
声が躍っているパズ。こんなはしゃいだパズは、初めてではないだろうか。
そして翌日、宣言どおりトグサは『恐竜新時代〜神秘の幕開け〜』をパズに貸すことになった。
問題は、トグサの言葉をありがたく受け取ったパズが、本を半年後に返却するときに起こった。
「これ。ありがとうよ」
パズは丁寧に扱ってくれたのだろう、折りじわをつけることなく、綺麗な状態で本をトグサに返してくれた。
「ああ。もういいのか? もっと持っててもいいんだけど」
「また読みたくなったら、そのとき貸してもらえばいい」
「そうか」
トグサがとりあえずとその本をデスクの引き出しにしまおうとすると、何故だかパズはまだそこにいてこちらを見下ろしている。
「どした?」
「で。こっちが実は本命とか?」
「?」
トグサには、パズの発言の意味が判らない。
パズはにやにやしている。
「なんだよ。気持ち悪い」
「すごい発見があった」
「……発見?」
おもむろに、パズは背中から紙袋に入った何かを差し出す。
「開けてみてみろ」
「……ああ」
何なんだろうと、がさがさと音を立てて袋を開けてその中を覗きこんだトグサの動きが、 ――― 止まった。
真っ青な顔になって、パズを振り仰ぐ。
その仕草にすら、椅子からずり落ちそうだ。
パズはにんまりと笑みを返す。
「本の礼にみんなには黙ってるけど、そうか。お前巨乳好きだったのか」
「じっ、10年以上も前のことじゃないかよ! ってか、これ……挟まってたのか?」
「ああ。いやあ、おれもまさかいまになって笠井田みれいを拝めるとは思ってもなかったよ」
「全然……気付かなかった……」
がっくりと肩を落としながらも、紙袋の中のものに目を落とす。
そこには、薄い冊子が入っていた。雑誌か何かの付録だったと思う。
表紙は思いきり裸の女性の姿。大きな胸の先には、長い髪の毛がかかっている。ご丁寧にも『僕だけのみれい』と、大きくタイトルが印刷されている。
学生時代、笠井田みれいが好きで雑誌などをよく買っていた。
一瞬、懐かしい思いがトグサの中を駆けめぐる。
「お前、大事に取っておくのもいいけど、隠し場所をもっと考えたほうがいいぞ」
「え? あ、ああ、そうだよな」
パズの声で我に返ったトグサは、改めてこの冊子の危険性を認識する。
まだまだ息子は恐竜には興味を持っていないようだが、何かの拍子にこの本を開けて、ヤバイ冊子を見つけられたら……。
――― 考えたくない。
娘が見つけてしまったら……。
――― もう二度と近寄ってもらえない。
女房だったら……。
――― お、怖ろしすぎる……。
見つけてくれたのがパズで、ある意味助かった。
それにしても。
「でもこれに気付いたのって、どうぜ借りてすぐだろ?」
「ああ」
したり顔のパズ。
「こいつ巨乳好きなんだなあと思いながらお前を観察してるのは、なかなか楽しかったぜ」
「……意地が悪い」
「ふふん。まあ、秘密にしておくよ。じゃあな、ありがとよ」
パズはぽんとトグサの肩に手を置くと、部屋を立ち去ってゆく。
トグサの手元には、いまだ紙袋に入ったままの笠井田みれいの冊子。
このままシュレッダーにかけて粉砕してしまおうかと席を立ったトグサだったが、 ――― 躊躇して結局、恐竜本と一緒に自分のロッカーへと向かうことにしたのだった。
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