きゅっと音を立てて散水栓の蛇口をひねると、ホースの中を水が駆け抜けてゆく。
トグサはその先端を小走りで掴み上げた。
ホースの先をつぶすと、勢いを増した水が、弧を描いて庭に放たれる。
今日も晴天。夏の暑い日差しを受け、飛び散る水滴がきらきら光って宝石のようだ。
民間企業のように1週間も10日も取れるわけではないが、今回数日取れた連休は、トグサにとっては夏休みでもある。
「あ! パパがお水あげてる!」
ダイニングにいた娘が気付き、庭に下りてきた。後を追って、息子もやってくる。
「おおっと! 濡れるぞ」
「いいのー」
「いいのー」
娘たちははしゃいでトグサにまとわりつく。
「ねーねー、トンネル作って!」
娘は父親の腕を引っ張る。
「お水のトンネルー」
「とんねるー」
「トンネルか? よぉし、いくぞ。……ほら!」
トグサは軽く手首を上げ、水のトンネルを作った。
ホースの先から、綺麗に水がトンネルの形を描いて流れてゆく。
「わーい!」
「わーい!」
きゃいきゃいと子供たちは喜んではしゃぐ。
ちらりと目でダイニングを見ると、ちょっと困った顔をしながらも、妻が微笑んでいる。
子供たちは水のトンネルをくぐったり、飛び上がって弾ける水に触れたりと、仔犬のように戯れあっていた。
トグサはわざと、ホースの口を絞る手を緩め、トンネルを崩してみる。
「きゃっ」
「あははー」
頭上から降り注ぐ水を受け、嬉しい悲鳴をあげて喜ぶ娘たち。
「もっともっとー」
水のトンネルを作ると、また崩してみてと頼まれる。
「もっとー? ほら!」
「きゃはは!」
「わああ」
あっちにトンネルを作ったりこっちにトンネルを作ったりと、水のトンネルの位置が変わるたびに、子供たちは走ってそれを追いかける。追いついたと思ったら急にトンネルが水のうねりとなって落ち、水しぶきを全身に浴びてしまうが、それでもわあわあ喜んでいた。
無邪気にはしゃぐ子供たちの純粋さに、トグサは心の底から癒されてゆく。
(みんながみんな、この純粋な気持ちを抱いたままでいてくれたらな……)
子供たちを見守るトグサの別の顔を、ここにいる家族は誰も知らない。
ずぶ濡れになって走りまわる子供たちはおろか、その声を聞きながらダイニングで雑誌を読む妻ですらも。
この穏やかな眼差しが、隼のように鋭く容赦ないものに変貌するとは、きっと誰も思いもしないだろう。
過酷な職場環境。それは、人間たちの持つ果てしない欲望との戦いの結果でもある。
ひとりの親として、子供たちの行く末が、自分の職場と関わりあってゆかねばならなくなる状況は、何としても阻止したい。
(この笑顔を、ちゃんと守っていかなきゃな)
被害者にも加害者にもさせないためにも。
「パパ! こっちにも作ってー!」
一瞬ぼんやりしていたトグサに、娘が手を振る。
「よし! いくぞ!」
トグサの声に、娘たちの歓声が重なる。
子供たちの声は、入道雲の湧く夏の空へと、高く響いていった。
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