ローマへと 〜トリニティ・ブラッド〜
 
    
 ウエストミンスター寺院で会った彼女は、息を呑むほど綺麗で、大人びていた。
 目を伏せて考えにひたるエステルの表情の深さを、アベルは見たことがなかった。だから、声をかけることをためらってしまった。
 けれど、こちらを振り返ったエステルは、やはりアベルの知る少女でしかなかった。
 運命に立ち向かう少女。
 初めて出会ったときも、彼女は戦っていた。そして、別れるときもまた―――。
 ローマへの帰途、汽車の一室でアベルはウエストミンスター寺院の方を見やる。
 失いたくない者は、みんな自分のもとを去っていく。
 どうしてだか、エステルはずっと自分のそばにいてくれると感じていた。
 どこにも行かないで。ずっとここにいて。
 そう伝えられない自分が苦しい。
 自分の気持ちを伝えられない痛みが、身を切るように胸の奥底にしみいる。
 彼女の負担にならないだけの言葉しか、伝えることができなかった。
 あのとき、せめて最後に抱きしめたかった。この腕で、この胸の中に。
 涙をこらえる彼女の小さな身体を呑みこんでしまうように、想いをこめて抱きしめたかった。
 窓の外を見るアベルの目が、悲しげに笑んだ。小さく首を振る。
 それができていれば、こんな想いなど初めからない。
 エステルは戦う道を行く。
(だから私も、戦いますよ―――エステルさん)
 アベルを乗せる汽車は行く。
 選ぶ道は異なっても、向かう先は同じなのだから。
 汽車は東へと向かう。アベルを乗せて―――ローマへと。
 
 
 

 ごあんない目次
     *あとがき*

 とても悲しくて書かずにはいられませんでした。
 吉田直先生の急逝をまったく知らなかった自分が情けないくらいです。
 トリニティ・ブラッドはR.O.M編しか読んでいないのですが、本当に好きな話でした。
 もう先を読むことができないなんて、残念を通り越し、無念でなりません。
 
 『茨の宝冠』ラスト直後の舞台設定です。
 アベルとエステルを応援していました。
 ふたりの関係は、きっともうファンサイトでしか続かないのでしょうね。
 
 
高萩ともか・作