国王の生活は、すべてが儀式だ。もちろんそれは、女王でも変わらない。
朝目覚めてから、床に入るまですべてが、一挙手一投足儀式によって定められている。
―――アルビオン女王として即位してどれだけ経ったろう。
私的寝室でエステルはベッドに起き上がり、夜明け前の薄明かりの中、ぼんやりと数えていた。
公開用寝室に移動するまでは、まだもう少しだけ時間があった。王は公開用寝室で就寝の儀を終えた後、私的寝室に移りそこで眠りにつくのである。ここでの時間のみが、いまのエステルには誰にも邪魔されない貴重な自分のためだけの時間だった。
(半年……経っちゃった)
数えていた指をゆっくりと握りしめるエステル。もうそんなにも、Axのみんなと会っていない。―――ナイトロード神父とも。
即位してしばらくは、ばたばたと追われるように日々をこなしていた。
右も左も判らない小娘でしかなかった。女王としての毎日など想像もできなかったから、ふと目を転じる仕草にすら、気を遣った。
張り詰めていた日々を繰り返し、ようやくこうしたほんの僅かな時間に、自分自身を考えられるようになった。
エステルは、膝を抱え顔をうずめる。
猛烈に、心細さが押し寄せてくる。
―――逢いたい。
決して口にはできない想い。
女王として、国を統べる者として、おいそれと軽々しく口にはできない。一介の神父に逢いたいなどと、言えるわけがない。
それでも、気持ちは別だ。心は彼を求めている。
離れてようやく、彼への想いがはっきり形を現していた。
ナイトロード神父は何をしているのだろう? いまでもへらへらと冗談とも本気ともつかないやりとりをみんなとしているのだろうか。
アルビオンに残る道を選んだ自分を、まだ覚えてくれているだろうか?
それとも、もう自分ではない誰かを支援要員に選び、その者と――尼僧かもしれない――いつもともにいるのだろうか。
エステルの頭の中で、顔の判らない尼僧とともにいるアベルの姿が映し出される。アベルは尼僧に向かい微笑み、優しい眼差しを返していた。
エステルは打ち消すように頭を振る。
イヤだ。けれど、否定しきれない。
歯を食いしばり、エステルは自分の想像と戦った。
窓の向こうから、鳥のさえずりが聞こえてきた。
エステルは顔を上げる。天蓋からおりるカーテンごしにも、辺りの明るさがはっきりと見てとれる。
知らず、吐息がもれた。
もうすぐ、エステルを起こしにくる女官がやってくる。
ナイトロード神父のいない一日が、また始まる。
(だめよ)
エステルは、別れ際のアベルを思い出す。切なげにこちらを見つめるナイトロード神父。その表情は、決してエステルを永遠に手放すものではなかった。再び逢えることへの期待を預けられるような、彼の想いを垣間見た一瞬。
まっすぐにこちらを見つめるその眼差しが、いまのエステルを支えていた。
(弱気になっちゃ、だめ。神父さまに顔向けできない)
カーテンの向こうをじっと見つめ、エステルは自身を励ます。
逢えなくてつらい。引き裂かれるほど苦しい。
けれど、いつかは必ず逢える。―――無茶な願いと判っている。それでもそう願わずにはいられない。
扉の向こうに、気配を感じた。女官たちがやってくる。
エステルは強くまぶたを閉じた。
そして、ゆっくりと開ける。
そこに現れたラピスラズリの瞳は、もはやエステル・ブランシェのものではなく、アルビオン女王のものだった。
「陛下―――」
カーテンの向こうから静かに声がかけられる。
「起きています」
エステルの声に、うやうやしくカーテンが開かれた。眩しい光がエステルの顔に落ちた。
「おはようございます、陛下。今朝もご機嫌うるわしくお見受けいたします」
エステルは頷いた。儀式は、ここから始まるのだ―――。
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