おでこのほんのりした痛みで、エステルは目が覚めた。
どうしたんだろうと手を伸ばしてみると、じょり、という感触。
(……じょり?)
視線を上げてみると、カーテンを透かす朝の光の中、そこには顎があった。
うっすらとヒゲの生えている感触が、指に返ってくる。
更に視線を上げてみる。
(ああ、そうだった)
昨日の夜は、アベルと一緒に眠ったのだ。
エステルは背中にアベルの腕がまわされた格好で寝台に横になっていて、彼の顎が、ちょうど額に当たっていた。
(神父さまにも、ヒゲが生えるんだ……)
当たり前といえば当たり前なのだが、普段ヒゲのない姿をしか見ていないので、アベルにヒゲがあるのがものすごく新鮮だった。
上目遣いにじっと薄い色のヒゲを見つめて、エステルは顎を撫ぜる。
「ん……?」
顎を触れられる感触に、アベルはぼんやり目を覚ます。
「どうしたんですか?」
声はまだ寝ぼけている。
「ヒゲが生えてます」
「うん……。生えますよぅ」
「どんな感じ?」
エステルは不思議そうにアベルのヒゲを撫ぜ続ける。
「うぅん、眠たい……」
頭の中も、まだ寝ぼけているようだ。
だがおもむろに、何を考えたのかアベルはエステルの額に、顎を押しつけてきた。
「い、神父さま、こすりつけるのやめてください」
「ヒゲです」
顔を覗かせている程度のヒゲだったが、ぐりぐりとこすりつけられると意外に痛い。
抵抗を試みるものの、アベルに抱きしめられて逃げられない。
「神父さまってば」
「ヒゲなんです」
「判りましたから、神父さま、痛いです……!」
額が傷だらけになってしまいそう。
エステルが真剣に悲鳴をあげると、アベルはようやく顎を離した。
思わず額に手をやって、傷の有無を確かめてしまうエステル。
「意地悪」
「ヒゲを触るからです」
「触られるの、イヤなんですか?」
「……ううん。エステルさんだったら、全然ヤじゃないです」
「やっぱり、意地悪」
「えへへ」
誤魔化して、アベルはエステルにまわしていた腕に力を込め、胸の中に抱き込んだ。
「 ――― おやすみなさい……」
「え? 神父さま、起きないんですか?」
差し込む光は明るい。
任務でローマから離れているとはいっても、聖職者が寝ている時間でないのは明らかだ。
しかし、アベルは気にする様子も見せず、起き上がろうともしない。
「もう少し、こうしていたいんです……」
既に、夢へと半分飛んでいってしまった声である。
しょうがないなあ。
そう思いつつも、エステルも目を閉じた。
(もう少し、こうしていよう)
アベルの胸の中はあたたかくて、安心できるから。
もう少しだけ。
(こうさせてくださいね……?)
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