冬のある夜。
某所での任務が終わり、宿泊先である修道院に向かうエステルは、静かな街をアベルとふたり、歩いていた。
どことなくこの街は、故郷イシュトヴァーンに似ている。
「なんだか、懐かしい気がしますねえ」
エステルの気持ちを読み取ったかのように、アベルはぽつりと呟いた。
「この夜の風景、イシュトヴァーンに似てません?」
「ええ。あたしも、そう思ってたところです」
イシュトヴァーン。
アベルと初めて出逢った街。
そして、多くの大切なひとたちを、失ってしまった街 ――― 。
見上げると、屋根の向こうに月が浮かんでいる。
ところどころに雲がかかってはいるが、月光は思ったよりも眩しい。
エステルは、訊いてみたくなった。
「ねえ、神父さま」
「何でしょう?」
「あたしたち、一年前に出逢って、それからずっと一緒ですよね」
「もう一年にもなるんですか。あっという間な気がしますね。なんだか怒鳴られたり怒られたりした記憶しかなかったりするんですが」
「……」
まったく、ひとこと余分な神父である。
エステルは、後半部分は聞かなかったことにした。
「1年後は、 ――― 10年後は、……どうしてるのかなって、思ったりして……」
となりの神父は、背が高すぎてその表情は窺えない。
返される沈黙が、なんだか重たい。
(言うんじゃなかったかも……)
内心後悔を覚えたとき。
「たぶん、このままなんじゃないですか?」
「え?」
思いがけない言葉だった。
アベルはへらりと笑う。
「きっと何にも変わらないまま、エステルさんに怒られてばっかりいそうです」
「 ――― もう」
「ほら。そうやって」
「もういいです」
エステルは、足を速めた。
「怒らないでくださいってば〜」
背中にアベルの声がかかったが、本当は違う。
何も変わらないと言ってくれたアベルがすごく嬉しくて、さも当然のようなその口ぶりはとても自然で、 ――― 顔が熱くなった。
ずっと、神父さまと一緒にいたいんです。
胸に秘めていたその言葉を、すんなりとアベルが口にしてくれたから。
胸が、熱い想いで張り裂けそうだ。
そうなるといい。
「そうなると、いいな」
背中のアベルには聞こえないけれど、エステルは言わずにはいられなかった。
「ずっと、一緒にいられるといい」
月はやさしく、ふたりを照らしていた。
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