狼が鳴いている。
森の向こうからの風に乗り、静かな遠吠えが、アンジェルの耳に届いた。
今夜は綺麗な丸い月が、空に浮かんでいる。
月の眩しさに、集会でも開いているのだろうか。
何かを伝えようとしているかのように、遠吠えは続く。
「いい声をしている」
隣で耳を澄ませていたフランツが呟く。
「―――フェンリスの声に似てますね」
「ああ」
ふたりは寝台の上で寄り添いあいながら、森をゆく白い狼を思った。
狼に救われたアンジェルと、妹を狼に嫁がせたフランツ。ふたりにとって狼は敵ではなく、身内だった。
他の者たちが抱くような狼への怖れは、彼らにはない。
ふたりは、今夜はアンジェルの領地、ツォラー城で過ごしていた。
ツォラー男爵領は数年前にアンジェルのもとに戻ってきたが、森の侵食は予想以上に強く、領地はいまだ完全とはいえない。
普段はルビンスタイン城で暮らすアンジェルたちは、修復を終えたツォラー城で視察を兼ねてたびたび過ごすようにしていた。
「祝福してくれているのだろう」
「ええ」
フランツの眼差しを追うように、アンジェルはふたりの間に眠る小さなふくらみに視線を落とす。
それは、生まれたばかりの赤子だった。
プラチナブロンドの髪に、いまは眠りに閉じているが薄青い瞳の色は母親譲り。そして顔立ちは、生まれてまだ数ヵ月しか経っていないというのに、既に父親そのものだった。
子供が生まれて、ここで夜を過ごすのは初めてのことだった。
狼に関わりの深い一族のもとに生まれた我が子。
自分も、こうして両親から見つめられたのだろう。額に痣があっても、見えないほどに愛されていたのだろう。
「幸せな記憶を、与えてあげたいな」
フランツは言った。
「ええ」
「この子にも、―――あなたにも」
アンジェルは、フランツを見た。彼は優しく妻を見つめていた。
「あなたにも」
アンジェルは言った。
フランツは微笑む。カーテンを引いていない窓から、月明かりが寝台のふたりを照らしている。青い光に包まれて、ふたりは互いにそっと身を乗り出し、唇を重ねた。
風に乗る狼の遠吠えを聞きながら、静かに、子供は寝息をたてていた。
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