久し振りの日本は、鬱陶しいくらいに平和だった。どこにも危機迫るものがない。だらけた空気が、人々の間にごく当然のように流れていた。
帰国するたびその平和ボケにうんざりしていたのだが、今回ばかりは不思議とほっとする。
キリスト教という大きなものと対峙した身には、純粋に新年を祝い、正月休みを終えて日常に戻りつつある街の光景が、何よりもありがたかった。
部屋に戻るより前に、ひとあし先に帰国していた小暮のもとへと勇午は向かう。
日本も安穏とした空気ばかりじゃないな。
雑多な街の様子から、帰国ごとに感じる治安の悪化が見て取れる。その場の空気を読む交渉人だからこそ判る、ほんの僅かな緊張感。
ありふれた日常の風景でも、ひとは憂い、迷い、混乱し、切迫もする。どの国にいても、些細な問題や争いはあるのだ。
つい先日までいたオーストリアでのあのひとたちに比べれば、そんなの緊張感とは呼べないのかもしれないが。
けれど勇午は日本の人々を莫迦にはできない。
問題の大きさや深さなどは、ひとそれぞれに相対的で、こうだと言い切れるものではないからだ。
だからこそ根深くからみあっている。
それをときほぐし、隠れて見えなくなっていた真実を探り当てるのが勇午の仕事だった。
危険すぎるとひとは言う。でも勇午はただ、真実を探しているだけ。
崩れた路面に足を取られ、勇午はぐらりとバランスを崩した。たまたますれ違った相手と肩がぶつかった。
「失礼」
「んだよ、ぼけっ」
男は吐き捨て歩き去る。
道がまともに舗装されていない国を渡り歩いていたのに、まさか日本で路面に足をとられるとは。
勇午は小さく笑った。白い息が風に消える。
冬至を過ぎたとはいえ、まだまだ冬の厳しさはこれからも続く。
「寒いな」
世界で一番馴染み深い日本だからこそ、この寒ささえ自分を温かく迎えてくれているかのようだった。
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